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【東日本大震災から15年】
- 2026.03.11
2011年3月11日14時46分、 三陸沖を震源地にM9.0の大地震が東日本を襲いました。
宮城県、岩手県、福島県を中心に死者1万5,900人、行方不明者2,525人、震災関連で亡くなった方を含めると2万人もの尊い命が犠牲となりました。
日本のみならず世界中が地震の怖さ、津波の怖さを改めて思い知ることになりました。
あのとき翠陵は学年末試験後で、在校生は午前中で帰宅していましたが、他校の部活動の生徒が来校して活動していたので、備蓄していた毛布や水、乾パンとともに体育館で一夜を明かしました。
翠陵の周辺も信号機が止まり、電車もバスも動かず、被害の大きさに心を痛めると同時に「帰宅した生徒達は大丈夫だろうか、この先どうなるんだろうか」と居ても立ってもいられない気持ちで一杯だったことを思い出します。
その一か月後の4月には横浜国際女学院翠陵は共学化して新しい学校になることが決まっていました。いろいろなことがストップしていてなかなか集まれない先生方でしたが、何とか出勤できる先生たちでどうにかこうにか共学1期生を迎え入れることができました。
「翠陵は共学になってずいぶん経つけど何年目?」とよく聞かれます。
そのたびに「震災のあった2011年に共学化したから今年で〇〇年目か」と大震災の日を思い出しています。
今の翠陵生、高校生はあの時は1~3歳ぐらい、中学生はまだ生まれていませんでした。
彼らにとっては生まれた頃の出来事でほとんど記憶はないのでしょうが、私たち大人にはあの大震災を風化させないという責務があります。
記憶に新しい2024年1月1日の能登半島地震。
地震発生から数か月経ったころ、復興に尽力されていた地元の役場の方とお話しする機会がありました。「何か必要なものがありますか?」と訊ねたところ、「ありがたいことに支援物資はたくさん届いています。全国の皆さんにお願いがあるとすれば、能登半島のことを忘れないでいてほしい。地元の人たちは忘れられることが一番不安なんです。」と仰っていました。
『あの日を忘れない、被災地のことを忘れない』
今日は生徒・教職員全員で犠牲になられた方々へ黙祷を捧げました。
かけがえのない命を奪っていった大災害、人びとの人生を変えてしまった大震災。
私たちに出来ることは何か、改めて考える日にしたいと思います。
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