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【¡Hola! México♡】
- 2026.06.26
サッカーのワールドカップ、グループAで首位を走る太陽の国、メキシコから14名の留学生と先生2名が来校してくれました。
彼らは1993年から続く翠陵の姉妹校、日本メキシコ学院の生徒さん達です。


ここでちょっと日墨の歴史を紐解いてみましょう。なにしろ私は社会科教師ですからねエヘン。
日本人とメキシコ人が初めて対面したのは、今から400年前の江戸時代初期でした。当時メキシコの船が難破して今の千葉県御宿に流されました。このとき、地元の漁師さん達が、メキシコの人達を救助したのが両国の交流の始まりとされています。御宿ですから、今ならきっと波乗りジョニーのサーファー達が救助したかもしれませんね。
それからしばらくして、仙台藩主、伊達政宗が家臣の支倉常長(はせくらつねなが)を「慶長遣欧使節」として、メキシコに派遣しました。ココ、テストに出ますよ!
その後は幕府の鎖国で交流は途絶えましたが、明治になって開国した日本は、日墨修好通商条約を結んで正式な国交が樹立されました。
「墨」という字は、当時の日本人がメキシコの発音を「墨西哥」という漢字に当てたためです。これで「メ」って読むのか?っていうか、「哥」って何??
第二次世界大戦での国交断絶はあったものの、こうして両国の交流は400年以上も続いているのです。
私も日本メキシコ学院へは15年前に、翠陵交換留学生と一緒に訪問させてもらいました。当時、メキシコ学院小学部に在学していた上白石萌音さんと会っていたかもしれません。
街のあちこちにある屋台のタコスに舌鼓を打ち、スタバで恰好つけてスペイン語でラテを注文したらクッキーが出てきたり、ラテン系男子の女性への優しさを見て自らを反省したり、スパイシーな調味料を大量に買い込んで帰りの空港で怪しまれたりと、そりゃもう満喫させていただきました。そんな訳で、ワールドカップで躍進するメキシコを妙な親近感で一方的に応援しているのであります。
さて、日本メキシコ学院の皆さんは翠陵の授業に参加したり、伝統のメキシカン・ダンスを一緒に踊ったりと大活躍でした。翠陵生も世界の広さに想いを馳せることができたかな。




今年で33年のお付き合い、これからもずっと一緒だよ(赤面)!
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